希望とは。

ヤクザ映画というものを初めて見た。ホテルのインターネットとテレビが一緒になったような
機械?で見れたもの。そういえば昔インターネットテレビなんてあったっけ。
普通に面白かった。ヤクザ映画って、抗争で日本刀なんかで敵を刺し殺すシーンでは
飛び散った血の飛沫がカメラのレンズにかかる演出があるんですね。


先日ジャパンネットバンクからキーホルダーくらいの大きさの液晶画面が付いたアクセサリが届いた。
何かと思ったらワンタイムパスワードでネットバンキングを使うときは
パスワードとして液晶に表示されている、60秒ごとに変わっていく数字を入力すればいいというもの。
初めて見たので面白いなと思った。


この間空港に行ったら持っていたキャプテンブラックのオリジナルライターを4つも没収されてしまった。


さらにメールチェックをしていたところ、凄い迷惑メールが届いていた。
みだらな奥様がどうとか書いてあるのだが、なんとそのメールにはURLが書いてなかったのだ。これは新しいな。


もうだいぶ前になるけれど(5年くらい前か)、ブログなんて言葉もなくて
MEMORIZEで日記を書いていた頃だろうか、俺が持っていたサイトのBBSで知り合った人が
「君はこの本を読むべきだ」と共依存に関する本を薦めてくれたことがあった。
その本をさっと読んだけどその頃はあまり深く考えず読み込まず理解もせず、
共依存なんていうものに対して、「俺は共依存を肯定します」なんて言ったことが
あったように想う。
きっと共依存と依存の違いもよく解っていなかったのだと想う。
じゃあ今ちゃんと理解してるのかと言われても疑わしいとは想うけど、
共依存というのはすごく依存している対象を見下している部分があるように感じる。
今の自分はそれを肯定するとは言わない。とても傲慢だと想う。



秋田県だかの児童殺人犯について、ワイドショーに(なんかテレビの話題が多いな)
出演していた精神科医が「典型的な演技性人格障害なのは明らかで〜〜」と言っていた。
確かTBSだったと思う。さらに反社会性人格障害だとも言っていた。何でもいいらしい。
それが精神鑑定で「人格障害とは認められない」と判断された。
本当に曖昧で、判断者によって全く解釈が異なるものだと思う。ボクシングの判定のように。
それで犯罪者の罪が軽減されたり、あるいは無罪になったり、精神病院に何十年も閉じ込められたり
される口実になるのだから、実態はひどいものだと想う。


詳しくは覚えていないけど、以前小学生の女の子が同級生を学校でカッターで
斬り殺した事件があって(被害者が御手洗潔と同じ苗字だったから覚えてる)、
紆余曲折の後その加害者の女の子が「日本で唯一の女子児童の行動を制限、拘束できる」という
施設に収容されたという話を聞いたけど、「え?」と思った。10代前半の男だろうが
女だろうが、何週間も何か月も保護室の檻の中に入れられて過ごしたなんて話は
いくらでも知ってる。おそらくどこにだってあると思う。電話帳を開いてみればわかる。
○○精神病院、という名前は今はないだろうけど、「精神科」の項目で探せば
いくらでも病院の名前は見つかる。
きっとマスコミやテレビでは「精神病院」の話題も、「精神病院」なんて言葉自体が
放送禁止用語なんだろうと思う。

これはメールマガジンに書く話か。

ドラマか何かで「天才とは99%の努力と1%の○○」「愛情とは99%の継続と1%の希望」
とかなんとか、登場人物が言っていた。


それに続けて言ってみようか。

希望とは100%の絶望である

今、考えていることがあって、

どうにもならないことや理不尽なことや苦しんでいることや将来を考えるとき
大きな支障になっていることに対して、絶対的な武器を身につけたいと想う。カウンセラということではなく。
それを自分が力とすることができるかどうかはわからないけど、
力にすることができるものだと想う。もし今の山をそれで越えることができたなら、
それを身に着けたい(「それ」ばかりだな)。